珪藻土マット
ーー珪藻土バスマット
割れ目が生じやすい
我が家で使用している珪藻土バスマットは、吸水性・速乾性ともに優れ、大変重宝している。
風呂上がりのときにポタポタと濡れ落ちる水滴もきちっと吸収してくれ、濡れた足がすぐに乾くために、バスタオルで水滴を拭い去る手間が大いに省ける。
しかし、今日思わぬ発見に気づいた。
自分が使用している珪藻土バスマットは元々珪藻土に硬化剤を混ぜ、ガチガチに固めたものだ。
それゆえ、持ち運びの自由度が利かないい。
日干しには不向きとも言える。
だがデメリットはそこだけではない。
今日さりげなくバスマットをよーく確認すると、バスマットが床にちゃんと付いておらず、少しばかりの段差があった。
その上に人間の体重負荷がかかれば片方にバスマットは傾き、割れ目が生じるリスクは高まってしまう。
今気づいてよかったとも思える発見だ。
バスマットの素材は一般的に珪藻土が用いられているが、軽量化に特化した綿素材(コットン)や、安全性に配慮した化学繊維のものも存在している。
その中で珪藻土のバスマットは重みがあり、持ち運びが効かない。
その上、温暖湿潤に弱く、カビが生えやすい特徴も持っている。
直射日光を浴びてしまうと熱伝導性の高さからひび割れが生じやすい。
ここまで書くとデメリット尽くしのようにも思えるが、最近では機能性や耐用年数性を重視した珪藻土のバスマットが増え、使用のバリエーションが広がっている。
例えば、私が使っている珪藻土バスマットは単にデザインも何もない、堆積した珪藻土を固めて板状に成型したもの。
しかし近年は板状のタイルを何枚も規則的に貼り付けたデザインのバスマットも販売されており、熱への抵抗力が強まっている。
(タイルは熱にとても強い。)
そのため、日干し天日干しはもとより、熱に強い性質のためか防カビにも重宝する。
よほどメンテナンスを怠らなければカビの発生を防ぐことは可能だし、2〜3年と呼ばれている耐用年数も伸ばすことができるかもしれない。
ただ、それでも油断は禁物なので、なるべく温暖湿潤な場所に置くのは避けるに越したことはない。
なぜ温暖湿潤な場所がダメなのか。
バスマットの表面には無数の細かい穴が存在しており、その中に水や湿気などを吸い込む仕組みになっている。
吸い込んだ水や湿気はバスマットの穴の中に滞留するが、しばらくすると水蒸気となって放出される。
つまり「調湿」と「除湿」を兼ね備えた2way仕様のつくりになっているため、自分たちが下手に空調しなくてもバスマットが勝手に湿度の調整をこなしてくれるのだ。
吸水されたままのバスマットが常に湿度の高い場所に置かれると水が乾燥してくれず、カビが発生してしまう原因にもなる。
バスマットに吸い込まれた水はしっかりと乾燥させる必要があるため、外でバスマットを干すのは基本的にNG。
まして耐久性の低いバスマットを洗濯機の中に入れてしまったらひび割る原因にもなりかねない。
多数の便利さが目につく珪藻土バスマットだが、その分、使い方には慎重を期する必要がある。

タイル式バスマット
アンチヒーロー
ーーアンチヒーロー
様々な思惑がひしめくリーガルエンターテイメント作品
TBS系列で毎週夜9時に放送されている「アンチヒーロー」。
アンチとは、逆張りを行うこと。
ヒーローとは正義を実行するもの。
この2項対立のタイトルが様々な思惑を呼ぶことになる。
アンチのヒーローは直訳すると
「逆張り正義」だ。
なんだか無茶苦茶な日本語にも聞こえる。
しかし正義は人によって形を変えるもの。
誰がその正義を認めるのか、その正義が世間的に良しとされるものか。
そんなことを聞いているのではない。
自分にとって正義だと思う行動に従い、それを実行するだけでいい。
たとえそれが糾弾に値するような歪んだ正義だろうが、自分が正義と認めるなら、それは正義なのである。
ーーアンチヒーロー
作品の見どころ(ストーリー解説も添えて)
アンチヒーローは現在、6話まで放送されている。
主人公・明墨が追っていた真犯人像が6話で浮き彫りとなり、いよいよ物語の核心に迫ってきた。
本作は人と人との関係性が点と点で繋がるかのように、明墨が担当した弁護事件は全てに関連性が見られる・・というのが特徴だ。
主人公の明墨は基本、口数の少ない寡黙な弁護士。
しかし、その裏側には必ず自分の正義を押し通すという、静かな意志を宿している。
笑うことも少ない。
それは本作で最もキーパーソンとなるある12年前の事件が密接に絡んでいる。
架空の事件名だが、「糸井一家殺人事件」。
この事件では志水という人物が殺人事件の主犯として死刑判決が下され、現在服役中である。
ことあるごとに明墨は被告人・志水とアクリル越しに面会している。
そのたびに発する明墨の言葉は、
「必ずあなたを無罪にする」というもの。
つまり志水の弁護人だった明墨は過去に何らかの不正や隠蔽があり、志水を有罪に仕立て上げた”人物”の存在をずっと追い続けていた。
そして最新の6話でその人物の正体が浮かび上がった。
それは瀬古(せこ)判事という人物である。
12年前の事件の裁判長を務めた瀬古は志水に死刑判決を下し、傍聴席にいた明墨をうならせた。
しかし6話の瀬古判事という人物像にたどり着くまでには随分のブランクがあった。
それこそまさに「点と点を線で結び、証拠を重ねていく」という、明墨の狙いがあった。
明墨が担当した弁護事件には
「政界と繋がりがある」「担当判事が瀬古」という2つの共通項を見出せる。
これに気づいたのは明墨の事務所で働く赤峰(あかみね)だった。
そして6話では新たに情報漏洩事件で逮捕された女性社員の第1審が有罪とされ、控訴審では明墨が弁護を担当したが、結局瀬古の判断により証拠は不採用とされ、そのまま閉廷した。
これ以上の証拠を見つけても瀬古判事がいる限り無罪を勝ち取ることはできない。
ずっと寝首をかくチャンスを明墨は伺っていたのだ。
そしてこれまで明墨が担当してきた事件から瀬古判事の不正を暴くための証拠が揃い、最後に明墨が緋山に命じた「あれ(例のもの)を探してほしい」という任務が見事に遂行されれば、ついに瀬古の不正を看破できる。
ちなみに「例のもの」が何であるかは明かされていない。
この時点ではまだ決定打となる証拠は揃っていないが、明墨が担当した弁護事件にはいずれも政界との繋がりが見えるため、瀬古の不正を暴く証拠を集めているのは間違いないだろう。
人と人との関係性が徐々に見えてくる、パズルの空き枠が1つずつ埋まっていくというストーリー。
最高に面白い。
次の7話では今までに見えてこなかった部分も明らかになるだろう。
乞うご期待である。

界面活性剤
ーー界面活性剤のリスクをうたう
化粧品メーカー
今日、母親に「コンディショナーを髪につけるとなぜしっとりと柔らかくなるのか」とコンディショナーの原理について話し合っていたところ、「カチオン界面活性剤(カチオン活性剤)」という有効成分が関係していることがわかりました。
そしてカチオンという聞き慣れない言葉はともかく、界面活性剤という言葉はかなり聞き馴染みがある人も多いでしょう。
カチオンの後に続く「界面活性剤」という表示・・。
多くの化粧品のパッケージ裏にはこの成分が表示されており、その横に含有成分量が細かく記載されています。
母親は界面活性剤について有効成分の危険性やリスクを意見していました。
「メーカーによるけど、界面活性剤フリーと書いてるところも多いよね。」と。
私も僭越ながら「界面活性剤」について調べさせてもらいました。
自分も化粧品に含まれている成分や肌に効果を促すまでの仕組みなどまともに考えたこともなかったので、とても良い機会になりました。
まず最初の2文字の「界面」とは交わらない2つの境界面・・といった説明でしっくりくるでしょうか。
わかりやすい例で言うなら、水と油の関係性です。
もしくは、磁石の➕➖の関係性でも良いでしょう。
対立する2つの間に隔てられるもの、それが「界面」です。
通常、界面という壁が隔てられている限り2つが交わることはありません。
しかし、この「界面」を活性化させることで壁としての機能を低下させ、2つのものを交わりやすくさせる。
その正体が「界面活性剤」なのです。
例えば水に油を混ぜても通常は分離してしまいますが、界面活性剤を加えることでフィルターの役割が損なわれ、水と油が混ざり合うようになります。
この現象を「乳化(にゅうか)」とも言いますが、他にもお酢と油を2つ混ぜるとマヨネーズが出来上がりますが、これもマヨネーズが含む界面活性剤の1つ「レシチン」という成分のおかげなんです。
2つの交わらない成分が1つになる。
確かにこれは画期的な発見とも言えますね。
しかし多くの化粧品メーカーではこの界面活性剤の使用を自粛するところが多いです。
その理由を突き詰めていくと意外な理由が見えてきました。
まず1つが肌トラブルです。
これは予想通りでしたが、確かに人間の肌は皮脂で覆われており、それを無理やり剥がしてしまうのは乾燥肌の原因にもなりますし、何より肌自体のバリア機能を低下させてしまいますよね。
人間の皮膚にはベールのようなものが覆っており、これを一般的に「皮脂膜(ひしまく)」と言いますが、この膜は水分を弾くバリア機能が常に働いています。
しかし界面活性剤は前述の通り、水分と油分を無理やり繋ぎ合わせたもの。
皮脂膜は油を引き寄せてしまう「脂溶性(しようせい)」で覆われています。
つまり界面活性剤に含まれる「水分と油分」を肌に無理やり含ませてしまうとベールが剥がれてしまい、肌がつっぱりやすくなってしまうのです。
水分の蒸発を過剰に促してしまうため、肌トラブルの大敵、「乾燥肌」を引き寄せてしまいます。
これが化粧品メーカーが界面活性剤の使用を控える1番の理由になりますが、それ以外にも大きな理由があります。
それは「自然環境への悪影響」です。
私も詳しい原理は理解していませんが、界面活性剤は本来、水と油のような、絶対に交わらない2つを引き合わせてしまうもの。
つまり、「自然の摂理」に反したものです。
自然にとって害となる有毒な成分が含まれていることは想像にかたくないでしょう。
もし界面活性剤を海や河川などに散布したらそれこそ海洋生物は絶滅してしまうし、綺麗な水に泥を混ぜるようなもの。
絶対にあってはならないことです。
あくまで使用用途を見極め、正しい使い道を模索していくことが大事なんですね。

天空の城ラピュタ
ーージブリ2作目にして
ようやく掴み取ったジブリスタジオの
「快進撃」!!
劇場公開日は1986年。
そのころはテクノロジーの枠を超えた超人的な作風の映画が隆盛を極めていました。
そんな中で同じようなジャンルを世に送り出しても思うような興行成績は得られない。
・・ということで、ジブリスタジオ制作の第1作目、「天空のラピュタ」という作品が満をじして1986年に公開されました。
コンセプトは、「科学に依存しすぎない生き方」です。(ざっくりまとめると)
そういえば、ドラえもんの「ブリキの迷宮」という映画は1993年に公開されてましたね。
いや、私はジブリと同様、大のドラえもん好きで、ドラえもんの映画やアニメは欠かさずチェックしてるんです。
ブリキの迷宮はまさにオーバーテクノロジーを活かした人々のライフスタイルが描かれていましたが、その過信が取り返しのつかない悲劇を招いてしまったという、その時代のニーズに即した王道の展開が繰り広げられました。
ん?待て。王道ではないですね。
正確には、それまでの作品は人間の理屈では証明できない科学力を超越した機械やテクノロジーを使い、それをもとにプロットを組んでいくという流れでしたが、あくまでそれらは「未来の科学力」を推進するような内容だったんですね。
しかし1993年の「ブリキの迷宮」はそれまでの傾向を覆すような作風に打って出たのです。
行きすぎた科学は、その身を滅ぼす。
テクノロジーが進歩し、機械の便利さに溺れた人々は次第に不労所得に成り果て、足腰も筋力も弱まってしまいました。
ロボットの力に頼るにしても「ほどほどに」を弁えなくてはなりません。
それを伝えるためにブリキの迷宮ではロボットが支配する都市社会を人間の手で破壊する・・という、思い切った描写がされました。
天空の城ラピュタもその1つです。
かつて上空に浮かぶ帝国「ラピュタ」の人々はある日、突然のパンデミックに見舞われ、ほとんどの民が地上界に避難しました。
その後ラピュタは何らかの原因で滅んでいますが、その辺の理由は不明瞭です。
しかし確実に言えるのは、地上界とラピュタでは食べるものや資源の豊富さが違う。
ラピュタでは食うに困らず、半ば極楽浄土とも言えるべき場所でした。
しかしそれと同時にロボット兵の大群という、恐るべき武装勢力も持ち合わせていました。
その結果、ラピュタは今までの贅沢な暮らしが災いしたためか、パンデミックへの抵抗力も弱く、すぐに絶滅してしまいました。(正確には主人公のシータ及びムスカ大佐がラピュタの生き残り。)
このようにラピュタと地上界では圧倒的優劣の差があったのに、どうしてラピュタは長続きしなかったのか。
圧倒的な軍事力や豊富な資源を持つ場所では、かえってその体を甘やかしてしまう。
今までの「科学に頼りすぎた人たち」へのアンチテーゼとして世に送り出した作品が「天空の城ラピュタ」だったんですね。
ちなみに1作目の「風のナウシカ」の製作を手掛けたのはスタジオジブリではなくトップクラフトです。
ナウシカに続き、科学に頼りすぎる人々に警鐘を鳴らすため、社会問題を作品の中で訴えた宮崎駿氏の意欲作、「天空の城ラピュタ」。
当時はブームの逆行ということもあり興行的には振るわなかったものの、3年後になって「レトロブーム(時代の逆行性?)」がリバイバルしたこともあり、一転してラピュタが評価されるようになりました。
皆さんも天空の城ラピュタを見る際は単なるアニメーション映画・・という枠で見るのではなく、作者が込めた思いや気づきを得られるように心してみてくださいね。

ヘアカラー剤がお風呂場についてしまった!
ーーヘアカラー剤の
落とし方
ヘアカラー剤は自分の髪の毛をカラーに染めたい人にとって
必要不可欠な代物です。
髪の毛が含むメラニン色素を脱色させ、薄めた部分にカラーで染め上げる仕組みとなっていますが、このヘアカラー剤は非常に強力な染色力を持っており、ちょっと濯ぎ洗うだけでは到底落ちません。
特にヘアカラー剤を髪の毛に塗布する”場所”に注意する必要があります。
私の母親がヘアカラーを髪の毛に染める際、手狭なお風呂場でやってしまったことで災いして、知らずのうちにお風呂の壁に紫色のシミが飛び散っていました。
しかも気づいたときはすでに1日経っていたので、カラーは壁の深くにまで浸透してしまい、単なる水洗いだけでは到底落ちないほど染色してしまったのです。
私も焦ってすぐにお風呂掃除用のスポンジを使い、ゴシゴシ水洗いしたのですが、これが頑固なほどに落ちてくれません。
色が薄まる気配もありませんでした。
したがって、ここは専用のクリーナーを用意するしかないとふみました。
ここで用意したのが塩素系漂白剤とコットンとラップの3つです。
まず手順をご紹介します。
1、塩素系漂白剤をつけたコットンを用意する
2、1のコットンをそっと壁に押し当てる
3、最後にコットンの上にラップを被せる(蒸発を防ぐため)
・・といった感じです。
非常にシンプルですが、専用のクリーナーなので家にある限りのものを用意し、なんとか手順にこぎつけました。
ちなみにコットンはティッシュやハンカチでは代用不可ですので、要注意です。
塩素系漂白剤の他にキッチンハイターなどもヘアカラーの染め落としには有効な手段となりえます。
そしてその手順を終え、1日が経過しました。
ラップをめくると少しばかり紫のシミがうっすらあったものの、確実に色が薄まっていました。
しかしこれだけの手順や時間を要して「色が薄まる」程度の効果となれば到底人の手作業ではどうしようもなかったですね(笑)。
自分たちの場合は1日遅れて気づいたので、すでに化学反応が進み、染色が終わってしまっていた・・というのはあるかもしれません。
皆さんももしヘアカラー剤が風呂の壁やタイルの目地に付着してしまった場合、「すぐに洗い落とす」ことを心がけてください。
また、ヘアカラーを染める場所にしても、風呂場では何かと危険です。
もし風呂場でやるとするなら新聞紙を一面に貼り付けたり、床に足湯くらいの水を張っておく・・などの対策をしてください。
床に水があるとヘアカラーが万一垂れ落ちても水が化学成分を勝手に希釈してくれるため、染色はしにくいです。
以上、ヘアカラー剤のクリーニング法についてでした。
ありがとうございました。

男女における分業役割
ーー海女とは?
皆さんは「海女(あま)」という職業をご存知でしょうか。
現代では女性への侮蔑を含むことが多いですが、それは大きな偏見です。
実際のルーツを辿るとれっきとした観光産業の1つであることがわかります。
例えば、観光産業の1つ、「漁業」を例に取ってみます。
漁業といえば、魚を漁獲し、それを卸売にかけ、最終的にスーパーやフリーマーケットなどの小売店に販売される・・というのが基本的な流れです。
その売上分の一部が漁業に還元されます。
そして漁業が魚を獲る手段として、網やロープを使ったやり方が一般的かと思いますが、海女はそういった道具を使わずに素潜りで魚を漁獲する・・というやり方で漁獲高に貢献しています。
海女の歴史を辿ると、元々は三重県の伊勢志摩で発展した漁業の1つなのだそう。
特に伊勢神宮では神主(かんぬし)が海女が獲ってきてくれた鮑(あわび)を檀家に献上するための食べ物としていたそうです。
つまり、神社の経済的な発展を目的に、海女の存在が目されていました。
こうしてルーツを辿ると結構歴史の深い職業なんですね。
ーーなぜ男性版はないのか?
しかしここまでで気になるのが、「海女(あま)」という名前から分かる通り、なぜ男ではなく女限定なのか?
私もふと疑問に思いました。
それは現代でいう男女の役割分業に基づく伝統文化に根ざしていたのです。
性役割・・という言葉は現代では比較的耳にするようになりました。
男は主に力仕事、女は家事や育児全般・・といったように、男女で役割を明確に定めて効率の良いスムーズな作業分担を実現させる風潮がありました。
しかし現代では女性の社会進出や権利主張が進み、男女ともに共働きの人が増えてきています。
性役割という言葉がいまだに残っているのは、昔からある日本の家父長制が尾を引いているのでしょう。
もしかしたら「海女」もその影響なのではないか?と勘ぐりましたが、実際のところは男女ともに異なる身体の性質に基づく、いわゆる「安全性」に配慮した結果でした。
説明すると、女性は男性と比べ、身体の構造上皮下脂肪が厚く、耐寒性が強いです。
つまり冷たい海の中でも凍えることは滅多にありません。
さらに男性と違い、女性は「魚を大量に獲ろう!」という野心が皆無です。
それは自然環境の保全及び、SDGsの実現にも直結しうる考え方。
こうした男女の違いから、海女は女性だけが主に生業とする仕事と定められました。
歴史やルーツの深さを鑑みると、海女が持つ役割の重要性は思った以上に大きいのかもしれませんね。

母の日
ーー母の日で贈るもの
最大限の感謝を込めて
5月12日の第2日曜日にあたる今日は、母に感謝の気持ちを伝える慣習の1つ、「母の日」です。
自分に愛情を注いでくれた母親に精一杯の感謝の意を込めたプレゼントを用意し母親を喜ばせるのが何よりの親孝行です。
ぜひ母親に感謝の気持ちを込めて、プレゼントを渡す機会にしましょう。
母親と過ごした幼少期から青年期までの時間は、誰にも変えられない特別な時間だったはず。
ときに笑い合い、喧嘩し、涙をこぼしたこともあったでしょう。
母親という存在は、息子娘にあたる自身にとってかけがえのない存在です。
毎日料理を作ってくれたり、家事育児も母親が懸命にこなしていた。
そういう家庭は多かったでしょう。
ですが、今度は自分たちがその「恩」を返すときです。
変な話ですが、母親のミルクを飲んで成長した赤ちゃんは、現在、みるみる大きくなっていき、身体的精神的ともに飛躍的な成長を遂げました。
もう自立できる歳に達している人も大勢いることでしょう。
そんな自立までの期間、一生懸命、どんなときでも自分と一緒に寄り添ってくれた母親。
今度は自分たちがその恩返しをするべきです。
例えば、職場で働いて初めての給料を得たら、その分で母親を高級なレストランに連れていき、ご馳走させてあげましょう。
今日はフラワーギフトを用意したかったのですが、自分が最近身につけた料理のスキルを振るい、母親に豪勢なポークソテーを用意しました。
さらにデザート用の杏仁豆腐も作り、母親は大変満足顔でした。
皆さんも親への感謝の気持ちは忘れないようにしましょうね。

